震災24年目の想い

私は神戸生まれ神戸育ちで神戸在住なので、自然と神戸の友達が多くなります。
だから今日のSNSのTLは震災に関することばかり。
私自身も被災者ということもあり、目にするたびに自分はどう思ってるんだろうかと考えます。

昨年の初旬にバングラデシュに行き、豊かさとは何か、命とは何かを再考する機会をもらいました。
再考というのは、今の仕事をする際にものすごく考えて1つの定義付けしたことがあったので。
バングラデシュでそれを実感したのです。
また、寝たきりの祖母や大病の友人のことを想い、昨年から常に何かしら頭がぐるぐるしている状況。
そして、年末にアフリカをテーマにしたイベントで「死が身近だからこそ、どんなときも歌って踊る」というカルチャーに触れました。
なので、少し考えてること書きます。

豊かであるとはお金が沢山あることではない。
お金って食べれないし笑わせてくれない。
お金は何かに変えて初めて豊かさにつながる。
そんなことわかってるはずだけど、なのに、おいしいごはんとお金を並べて「好きなほう持っていっていいいよー」って言ったらお金を持っていく人が多いと思う。
そんなのトリックにあってるようなもんだ。

でも、今日ふと思ったのです。
震災の時に必要だったのはお金じゃなくて、お水や食べるものだったり人の手だったなーと。
お金があっても交換できる場はありませんでした。
生きるために仕方なく店員のいないお店に入ってお水を持って帰る人もいて、中にはレジにお金を置いていく人もいました。
もうそれは心の問題でお金を置くとか置かないとか必要ない状況。
心というか、個々の価値観の在り方として。
つまりは、被災してたときならお金じゃなくておいしいごはんに飛びついたんじゃないかな。

Onice(運営してる会社ね)ではKobe Neighbors Network というタグラインを掲げています。
被災し身近な人々と助け合い乗り越えてきたという経験より、繋がる大切さを知った神戸だからこその活動をしたかったからです。

震災は、「繋がる」重要性を知った経験だと思ってきました。
でも、今になって「豊かさとは何か」も知ることになるきっかけだったように思います。
豊かさの中に「繋がる」という条件があるんだなと。

また、文頭に豊かさとは何か、命とは何かと書きましたが、豊かであるのは長く生きるということでもないように思えてきました。
震災では多くの方が亡くなりました。
とても悲しかった。
そして私は怖かった。

24年過ぎて、大人になった私は前より死ぬことが怖くなくなりました。
自分のことも、周りの人のことも。
悲しくないのと怖くないのは別として。

これは私の考え方ですが、人は命が終わると魂も終わりを迎えると思っています。
悲しくも悔しくも辛くもないし、逆に楽になるわけでも幸せになるわけでもなく、なんにもなくなると考えています。
誰かの心の中に誰かの想いとしては残るけれど。

亡くなるのは不幸になるのとは違う。
人は誰かが亡くなれば「可哀そうだ」と言います。
でも、私は可哀そうだとは思いません。
それがたとえ短くても。

辛く悲しく寂しいけれど。

可哀そうなのは、一緒に生きたかった生きている人です。
時間がたってもきっと癒されない方々が沢山います。
「復興・鎮魂・追悼」の動きは故人のためではなく、共に生きたかった人々の想いを大切にする場をつくることだと解釈しています。

大切なのは、悲しい出来事を忘れないことではなく、人の温かさや真の豊かさに気づいたことを忘れないこと。
そして、悲しいきっかけでなくプラスな出来事をきっかけに多くの人が真の豊かさを考える機会をもつ活動をしていきたい。

人も自然の一部だ。
でも人って素晴らしい!!
震災から24年目はこんな気持ちです。

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